東京地方裁判所 昭和28年(ワ)10758号 判決 1956年2月25日
原告 ギルベルト・ヨツト・マツコウル・ウント・コンパニー・ゲゼルシヤフト・ミツト・ベシユレンクテル・ハフツンク
被告 中央企業株式会社
主文
被告は原告に対し米貨金一万八千六百六十三ドル及びこれに対する昭和二十八年十月十六日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。
この判決は原告に於て担保として米貨金六千二百ドルを供託するときは仮に執行することができる。
事実
原告訴訟代理人は、主文第一、二項同旨の判決並びに仮執行の宣言を求める旨申立て、その請求の原因として
原告は肩書地に本店を設け独逸国法によつて設立された有限会社で屑鉄その他の物品の取引の代理商を営むことを目的とする法人、被告は肩書地に本店を設け日本国法によつて設立された株式会社で各種商品の貿易業を営むことを目的とする法人であるが、原告は昭和二十七年七月一日独逸国ハンブルグ市に於て被告会社代表者たるルシアン・ブルベーとの間に、被告会社が原告の仲介により在独商社との間に商品供給契約を締結しその履行を完了したときは、直ちに、その取引によつて被告会社の得べき純利益の二分の一を報酬として原告会社に支払うべき旨の約定をなした。
而して、原告は右約定に基き被告会社と在独商社との間の商品供給契約の締結につき仲介をなした結果、被告は原告の仲介により昭和二十七年八月十四日から同年十月二十八日までの間前後三回に亘り鋼板八千三百三十二トン、舶用鋼板五千トン及びSM鋼板三千トンをそれぞれ在独商社に売却引渡を了した。従つて前者による純利益の二分の一たる金一万四百十五ドル(一トン当二十五セント)及び後二者による純利益の二分の一たる金八千二百四十八ドル以上合計金一万八千六百六十三ドルは契約に基く報酬金として原告に支払わるべきものであるところ、原告は昭和二十八年九月三十日附郵便をもつて同年十月十五日までに支払うべき旨を被告に催告したにかかわらず、被告は未だその履行をしない。
そもそも右契約は原告と被告会社及び神戸市所在の訴外セントラル・エンタープライズ・インコーポレイテツド両会社との間に締結せられルシアン・ブルベーは右両会社を代表して契約書に署名したものであつて、右事実は契約書の文言自体から明らかであるばかりでなく、原告と被告会社との間のその後の往復文書にも常に被告会社の代表者として同人又は代表取締役の一人たるジヨン・ロバート・ジヨハンソンの署名があり、原告は右契約の当事者の一人が被告会社であり、ルシアン・ブルベーがその正当な代表権限を有する者であることにつき何等の疑念をも抱かなかつたものであるが、仮に右ルシアン・ブルベーが契約締結当時被告会社の代表権限を有しなかつたとしても、同人はその後被告会社の代表取締役に就任し、被告会社はその就任後たる昭和二十八年六月二十五日右債務の存在を認めたのであるから少くともその頃同人の右無権代理行為を追認したものと謂うべく、被告は右契約上の義務につき本人としてその履行の責に任ずべきものである、と述べ
被告の抗弁に対し、原告は右契約に基き現実に取引行為を行つた被告に対し契約上の義務の履行を求めるものであつて、現実に取引行為を行い利得を得た被告に対し契約に基く利得金の分配を請求するのは当然というべく、訴外セントラル・エンタープライズ・インコーポレイテツドは右契約の共同の当事者になつたとはいえ自ら取引行為を行つたものではなく、原告は右訴外会社の取引行為に基く利得金の分配を請求するものでもないから被告の主張は理由がない。
又ロンドン市に本店を有する被告主張の英国会社は原告とは何等の関係もなく別個独立の法人であるから、被告が右訴外会社に対し何等かの債権を有するとしてもこれをもつて原告の被告に対する債権に対し相殺をもつて対抗されるべき謂われはない、と陳述した。<立証省略>
被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。」との判決を求め、答弁として、原告主張の請求原因事実中、原告がその主張の如く屑鉄類の代理商を営む独逸法人であること及び被告がその主張の如く貿易業を営む株式会社であることはいづれもこれを認めるが、原告主張の契約の一方の当事者が被告であることは否認する、その余の事実はすべて知らない。
原告主張の契約は訴外セントラル・エンタープライズ・インコーポレイテツドと原告との間に締結せられたものである。右会社は昭和二十五年十二月二十一日アメリカ合衆国ネバダ洲カーソン市エヌ・カーソンストリート二百十五番に主たる事務所を置き同洲法に準拠して設立せられたもので、昭和二十六年九月三日神戸市生田区京町六十七番地ムシエービルデイングに営業所設置の登記をなし、その後昭和二十八年五月四日これを大阪市東区道修町一丁目六番地に移転しその旨の登記を経由した。而して右会社の取締役中日本に於ける代表者タブリユー・エム・ラーソンは関西に常駐し対米取引の便宜上主としてセントラル・エンタープライズ・インコーポレイテツドの名称を使用し、他の取締役ルシアン・ブルベー及びジヨン・ロバート・ジヨハンソン両名は東京都に常駐し対欧洲取引の便宜上主としてセントラル・エンターブライズ・カンバニー・リミツテツドの名称を使用していた。従つて右二個の名称はいづれも同一人格の表示であつて被告会社とは全く異る法人であり、被告は原告主張の契約の当事者となつたものではない。
その後昭和二十八年一月五日右ルシアン・ブルベー及びジヨン・ロバート・ジヨハンソンの両名は被告会社の代表取締役に就任するに至つたけれども、原告の主張する契約の締結当時は両名共に被告会社とは何等の関係もなく、被告は同人等に右契約締結の代理権を与えたこともない。同人等は全く前記訴外会社の代表者として契約の締結及びその履行の衝に当つたものであるから同人等の行為につき被告会社に於て責を負うべき理由は存しない。
仮に被告会社に何等かの責任ありとするも、右契約は原告主張の如く訴外セントラル・エンタープライズ・インコーポレイテツドと共同して締結されたものであり、右契約上の責任は同社と共同して負担すべきものであるから、同会社を共同被告として訴求するは兎も角、被告会社のみに対し右契約上の義務履行を求める原告の請求は失当といわなければならない。
仮に右各主張が理由なしとするも、原告会社はロンドン市に主たる事務所を有する会社ギルバート・ジエー・マツコール・アンド・カンパニー・リミツテツドの支店であるところ、被告は同会社に対し米貨金三万ドル以上の既に履行期到来せる反対債権を有するから右債権を自動債権とし原告の本訴請求債権と対等額にて相殺を主張する。然らば原告主張の債権は相殺適状の時に遡り全額消滅に帰したものというべく、此の点に於ても原告の本訴請求は失当たるを免れない。
右の次第であるから原告の本訴請求には応じ難い、と述べた。<立証省略>
理由
原告が独逸国法により設立された屑鉄類の取引の代理商を営むことを目的とする有限会社であり、被告が日本国法により設立された貿易業を営むことを目的とする株式会社であることは当事者の間に争がない。
而して、成立に争のない甲第八号証によれば原告が昭和二十七年七月一日独逸国ハンブルグ市に於て、東京のセントラル・エンタープライズ・カンパニー・リミツテツド及び神戸のセントラル・エンタープライズ・インコーポレイテツドの両社を代表する訴外エル・ブルベーとの間に、当事者双方は各その所在国に於て相手方の代理店として事業を営みその利益を各自折半することその他の事項を内容とする契約を締結した事実を認めることができ、右甲第八号証に成立に争のない甲第十五号証を併せ考えれば、右契約の条項は原告主張の約旨を包含するものと解するに十分である。
原告は右契約の相手方の一人であるセントラル・エンタープライズ・カンパニー・リミツテツドが被告会社である旨を主張し、被告はこれを争うから按ずるに、右契約の条項に於て、セントラル・エンタープライズ・カンパニー・リミツテツドの特定方法として特に「東京の」の語が用いられていることは右認定のとおりであつて、更に原本の存在及び成立に争のない甲第二、三号証及び同第五号証並びに成立に争のない甲第七号証、同第十号証、同第十二号証、同第十三号証及び同第十五号証によれば、右契約に関しセントラル・エンタープライズ・カンパニー・リミツテツドが原告に宛て発し又は原告から受領した往復文書はいづれも同社の所在地として東京都千代田区丸ノ内三丁目仲七号館三百一号室の肩書が附されている事実が認められ、右各事実に成立に争のない乙第一号証により認め得る被告会社の主たる事務所が右同所に存する事実及び弁論の全趣旨を併せ考えれば、右セントラル・エンタープライズ・カンパニー・リミツテツドは被告会社の表示方法の一としてその名称を英語をもつて表示したものと認めるを相当とする。被告は右表示は神戸市(その後大阪市に移転)に日本に於ける営業所を有するセントラル・エンタープライズ・インコーポレイテツドが東京に於て対欧取引上使用する営業上の名称に過ぎない旨主張し、成立に争のない乙第二号証によれば、セントラル・エンタープライズ・インコーポレイテツドの商号をもつて神戸市生田区京町六十七番地ムシエービルデイングに営業所設立の登記をなした外国会社の存する事実が認められ、右乙第二号証に成立に争のない甲第九号証の一、二、同第十号証から同第十三号証まで及び同第十五号証を併せ考えると、右セントラル・エンタープライズ・インコーポレイテツドの取締役である訴外ジエイ・アール・ジヨハンソン(乙第二号証中ジエイ・アルール・ジヨンソンとあるはジエイ・アール・ジヨハンソンの誤記と認められる。)が、セントラル・エンタープライズ・カンパニー・リミツテツド発信の原告宛文書にその代表者として署名している事実が認められるけれども右事実をもつて直ちに両者の同一性を推断し得ないことは勿論であつて、他に右セントラル・エンタープライズ・インコーポレイテツドが東京都内に営業所を有し、その表示としてセントラル・エンタープライズ・カンパニー・リミツテツドの称号を使用していた事実を認めるに足る証拠は存しないばかりでなく、前顕甲第八号証には両者を区別して併記されあること前認定のとおりであつて、右甲第十五号証によるも、セントラル・エンタープライズ・カンパニー・リミツテツドは神戸のセントラル・エンタープライズ・インコーポレイテツド社を姉妹会社(アソシエイテツド・カンパニー)とし別個独立の法人格として取扱つていることが窺われるから被告の右主張は直ちに首肯し難く他に右認定を覆えして被告主張の事実を認むべき資料は存しない。然らば右セントラル・エンタープライズ・カンパニー・リミツテツドは被告会社を指称し、前記エル・ブルベーは被告会社を代表して右契約締結の衝に当つたものと断ぜざるを得ない。
而して右契約は独逸国ハンブルグ市に於て独逸国法人である原告と日本法人である被告との間に締結されたこと右認定のとおりであつて、当事者の意思分明ならざる以上右契約の成立及び効力は法例の規定により行為地法たる独逸国法律によるべきところ右エル・ブルベーが契約締結当時被告会社の代表者又は代理人であつたとの事実は原告提出の全証拠によるもこれを認めることを得ないからこれを理由とする原告の主張は援用に由ない。
ところで、原告は更に被告会社が右訴外人の無権代理行為を追認した旨主張するから按ずるに、被告会社は右契約の成立後、次に認定する如く右契約に基き独逸国所在の商社との取引を履行し、これに基いて原告の得べき利益額等を原告に通知していることが認められるばかりでなく、前顕甲第二号証及び乙第一号証に成立に争のない甲第一号証を併せ考えれば右ルシアン・ブルベーが被告会社代表取締役に就任した後である昭和二十八年六月二十五日附をもつて被告(右甲第一号証の発信人たるセントラル・エンタープライズ・カンパニー・リミツテツドが被告会社と同一人たることは前に認定したとおりである。)は原告に対し右契約の存在を認めこれを前提として右契約に基く債務の決済方法につき通知を発し、同通知は翌七月八日以前に原告に到達したことが認められるから被告会社は遅くも右書面到達の頃右契約締結に関する訴外ルシアン・ブルベーの無権代理行為及びこれに基く爾後の取引行為について独逸民法第百八十四条に規定する自認をなしたものと認められ、他に右認定を覆えすに足る証拠は存しないから右契約の効力はその締結当時に遡つて本人たる被告会社に及ぶに至つたものといわねばならない。
然るところ、成立に争のない甲第九号証の一、二、同第十号証から同第十四号証まで及び同第十六号証に前認定の事実を併せ考えれば、被告が原告主張の如く右契約に基く原告の仲介によつてそれぞれ昭和二十七年八月十四日から同年十月二十八日までの間前後三回に亘り鋼板八千三百三十二トン・舶用鋼板五千トン及びSM鋼板三千トンをそれぞれ在独商社に売却引渡を了し、右取引に基く契約上の報酬として原告に支払うべき純利益の半額はそれぞれ前者につき金一万四百十五ドル・後二者につき金八千二百四十八ドル合計金一万八千六百六十三ドルとなり、被告はそれぞれその都度これを原告に通告している事実を認めるに十分であつて、被告は原告に対し右金額の支払義務を負担するものといわなければならない。
被告は右契約は訴外セントラル・エンタープライズ・インコーポレイテツドと共同して締結したものであるから右契約上の債務も同会社と共同して負担すべきものである旨を抗争するけれども、右契約に基く権利は事実上の取引行為者が何人であるかを問わず共同契約者に対し共同してのみ行使し得るというが如き特段の約旨の認むべきものが存しない以上、右契約は共同契約者各人につき同一内容の各一個の契約として存するものというべく、その一人がなした取引上の利益の支払については右行為者に於てそれぞれ全部義務を負担するものと解するを相当とし、該契約に基く鋼板類の取引行為はいづれも被告会社がなした行為であること右に認定のとおりであるから特段の事情のない限り右取引に因る利益の支払義務を負担するものまた被告会社たるべきこと勿論というべきであるから此の点に関する被告の主張は採用し難い。
次に被告の相殺の抗弁について按ずるに、被告は原告会社がロンドン市に主たる営業所を有する英国会社訴外ギルバート・ジエー・マツコール・アンド・カンパニー・リミツテツドの支店である旨を主張するけれども成立に争のない乙第五号証によるも右事実を肯認するに十分でなく、他に右事実を認めるに足る証拠は存しないから、これを前提とする被告の相殺の抗弁また爾余の点の判断を為すまでもなく失当たるを免れない。
然るところその後原告が昭和二十八年九月三十日附をもつて同年十月十五日迄に右利益額の支払方を催告したことは成立に争のない甲第六号証により明らかであるから被告の右債務は遅くも昭和二十八年十月十五日履行期到来し被告は同日以後右金額に法定の遅延損害金を附して支払うべき義務あるものというべく、右遅延損害金の額は独逸商法第三百五十二条の規定により年五分の割合によるべきことは勿論である。然らば被告に対し右金一万八千六百六十三ドル及びこれに対する昭和二十八年十月十六日以降完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める原告の請求は全部正当として認容すべきものとし訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 江尻美雄一)